世界、大人の社会科見学!

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国内旅行2

失意の内に書く道北旅行記前半編 (2011.10 スカイマークの成田便で道北1泊2日 5)

 
パソコンのハードディスクがクラッシュしてしまった。

もちろん最重要ファイルはバックアップを取っているのだが、極めて悲しいことに、今回の北海道旅行、更にはバイク/ツーリングブログ用の写真も飛ばしてしまった。昨晩から先ほどまでファイナルデータで復元を試みたのだが、復元できた画像は限定されていた。

大切なデータは早めにバックアップしましょう。・゚・(つД`)・゚・

というわけで、今日は今回の道北旅行の続きを、2回に分けてさらっと紹介しておくことにする。今後いつかデータが復元できれば詳細な続編を書くことになるが、いつ書けるかがわからないのだから仕方がない。切ないなぁ…。ちなみに画像は知らない人の物を使う訳にもいかないので、全てWebのスクリーンショットだ。ますますもって切ない。

各ポイントについて詳細な記事を書けないのは、私がいつも写真を頼りに記憶を引きずり出し「思い出しては書き思い出しては書き」しているからだ、ということにも気がついた。自分のブログがこんなに写真に依存しているとは思ってもみなかったわい、である。悔しいので、雰囲気を伝える動画も適当に挟み込んでみるが、どれも私が撮影したものではない。かえすがえすも切ないなぁ…。

私がデータを失った道北旅行コースのルートは、以下の通りだった。

1日目は旭川空港から国道239号線経由で苫前町古丹別の三毛別羆事件復元現場を訪れ、10月31日で当機休館に入る苫前町郷土資料館を見学し、その後日本海沿いにオロロン街道を北上しながら、サロベツにある知る人ぞ知る有名なとほ宿あしたの城


大きな地図で見る

まずは前回おもいきりひっぱってしまった三毛別羆事件復元現地

2011_douhoku_01.gif
http://bit.ly/l0RA3B

私はここを訪問する前、苫前町の観光担当部署にメールで問い合わせをした。冬期はここへは来ることが出来ないと聞いていたため、晩秋にあたるこの時期、自動車の通行が可能かどうか気になったためだ。

結論から言うと、羆事件復元現地は道道の…

 


 

----------------(失意の全文はここから)

パソコンのハードディスクがクラッシュしてしまった。

もちろん最重要ファイルはバックアップを取っているのだが、極めて悲しいことに、今回の北海道旅行、更にはバイク/ツーリングブログ用の写真も飛ばしてしまった。昨晩から先ほどまでファイナルデータで復元を試みたのだが、復元できた画像は限定されていた。

大切なデータは早めにバックアップしましょう。・゚・(つД`)・゚・

というわけで、今日は今回の道北旅行の続きを、2回に分けてさらっと紹介しておくことにする。今後いつかデータが復元できれば詳細な続編を書くことになるが、いつ書けるかがわからないのだから仕方がない。切ないなぁ…。ちなみに画像は知らない人の物を使う訳にもいかないので、全てWebのスクリーンショットだ。ますますもって切ないなぁ。である。

各ポイントについて詳細な記事を書けないのは、私がいつも写真を頼りに記憶を引きずり出し「思い出しては書き思い出しては書き」しているからだ、ということにも気がついた。自分のブログがこんなに写真に依存しているとは思ってもみなかったわい、である。悔しいので、雰囲気を伝える動画も適当に挟み込んでみるが、どれも私が撮影したものではない。かえすがえすも切ないなぁ…。

私がデータを失った道北旅行コースのルートは、以下の通りだった。

1日目は旭川空港から国道239号線経由で苫前町古丹別の三毛別羆事件復元現場を訪れ、10月31日で当機休館に入る苫前町郷土資料館を見学し、その後日本海沿いにオロロン街道を北上しながら、サロベツにある知る人ぞ知る有名なとほ宿あしたの城


大きな地図で見る

まずは前回おもいきりひっぱってしまった三毛別羆事件復元現地

2011_douhoku_01.gif
http://bit.ly/l0RA3B

私はここを訪問する前、苫前町の観光担当部署にメールで問い合わせをした。冬期はここへは来ることが出来ないと聞いていたため、晩秋にあたるこの時期、自動車の通行が可能かどうか気になったためだ。

結論から言うと、羆事件復元現地は道道の脇に特に施錠などされることなく解放されており、冬期に見学ができないのは、この周辺が除雪の対象道路ではないためだった。こういう事前調査がしっかりできるのなら、画像データのバックアップも早めに取ればいいのに、である。

現地には大正時代の貧しい開拓農家が作られ、その真横に小屋の背丈ほどもある羆の人形がある。実際に惨劇があった太田家、そして明景家は少しだけ下流にあたっという話もあるが、土地や道路の状況などから復元するならここだろうな、と思える場所にある。熊の下半身が鉄骨なのは秘密だ。

そして苫前町郷土資料館

2011_douhoku_02.gif
http://bit.ly/qqkuZh

ここは多くの市町村にある郷土資料館なのだが、他のそれとは違う大きな特色がいくつかある。まずは館内展示の半分近くが三毛別羆事件や羆関連資料で占められていること、事件を題材にしたドラマ「羆嵐」のダイジェスト版や事件を紹介したテレビ番組を元町長室で視聴できること、1980年に射止められた体重450kgの「北海太郎」と呼ばれる羆の剥製があること、そして春から秋までしかオープンしていないこと、などだ。私が訪問した10月31日はまさに閉館の日だった。

郷土資料館に入場すると、考古資料館も見学できることになっており、更に裏庭の「古代の里」なる場所にはチセや縄文時代の住居も復元していたりする。苫前町の観光は羆と復元がメインらしい。

一般の郷土資料館としては、異例と言えるほど熊害関連の資料が充実している。当然のように館内にも三毛別羆事件の現場を復元している。だって苫前だもん。実際には当時の事件の様子を伝える資料や、それを題材にしたドラマなどの方が興味深い気がするが。北海太郎もすごい。普通羆に名前なんてつけないって。

前述したようにここでは元町長室である応接室でDVDを見ることもできるので、資料をじっくりと見てDVDを2本も見ようものなら、あっという間に2時間以上が過ぎてしまう。油断大敵だ。何が大敵なのかというと、あんまりじっくり資料を見ていると、このあたりで多分最も秀逸な昼食場所である北のにしん屋さんのラストオーダー時間14:30を過ぎてしまうのだ。まぁ私は三平でおいしいそばを食べたからいいんですけどね。

オロロン街道には、まぁ、特に何もない。

2011_douhoku_04.gif
http://bit.ly/aufY8W

こんなことを言っては失礼だが、ただの海沿いの国道だ。ただ晴れた日の日没時にはオレンジ色の光の中を走ることができる。今回は日没直後にサロベツに着くようにとプランを立てたので、このオレンジドライブは成功した。それだけと言えばそれだけなのだが、辛い勤労の日々からのストレスを地味に癒すことができるドライブではあった。ああ、写真があればなぁ、だ。

あしたの城

2011_douhoku_03.gif
http://bit.ly/aZaEBg

ここは知る人ぞ知る人気のとほ宿だ。なにしろロケーションと環境が極めて良い。サロベツの小さな丘の上にある、きれいな芝生に囲まれた一軒家で、館内もとても清潔だ。とほ宿は男女別相部屋が原則だがここには個室もある。もちろん民宿なので旅館やホテルのような設備はないが、極めて快適な宿だ。

食事も値段以上に充実している。ここの名物は牛乳鍋なのだが、夕食の指定(できるんだ、これが)を敢えてしなかったところ、日本海のエビや蛸の刺身、利尻のホッケ、行者ニンニクの餃子などとてもおいしいものをいただけた。

周りには何もない1軒宿なのにWifi環境も整っている。この日の宿泊客は私1人だったため、リビングにiPadを持ち込んで、ご主人と一緒にオークションでチェーンソーの出物を漁りつつビールを飲んで過ごした。とほ宿やゲストハウスの醍醐味は、他の旅行者や宿主さんとの交流だ。いろいろ聞けば、観光ガイドには載っていないような情報も教えてもらえる。

そういえば私はMasada Backpacker以来、粒麗荘ワンゲルハウスあしたの城、そして先週泊まったにっこり荘と、5宿連続で1週間以上ドミトリーにしか泊まっていなかった。来月にはミャンマーに行くのだが、経由地の香港でも宿は例によってゴダイゴだし。

別にお金がないからじゃない。
いや、お金がないから「だけ」じゃないのだっ!!

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