世界、大人の社会科見学!

上の「世界、大人の社会科見学!」の題字をクリックすると記事一覧へ移動します。観光の王道から微妙に外れた、ちょっとへそ曲がりな海外・国内旅行記です。

スポンサーリンク

フランス 西ヨーロッパ

2016パリ10 レ・ミゼラブルのパリ③ コゼットとマリユスの出会ったリュクサンブール公園とその周辺

パリ市内、セーヌ川の南側に広がる5区と6区周辺は、ジャンバルジャンと暮らす幼いコゼットが育ったエリアだ。そして物語に登場する多くのスポットは、リュクサンブール公園とその東南方向に広がる。

リュクサンブール公園は、1612年リュクサンブール宮殿の一部として作られ、その後市民に公開された。身を隠していたジャンバルジャンとコゼットは、ここリュクサンブール公園と近くのサン・ジャック・デュ・オー・パ教会にでかけることを習慣としていた。

「毎日ジャン・ヴァルジャンはコゼットの腕を執って、散歩に連れ出した。リュクサンブールの園の最も人の少ない道に彼女を伴い」(レ・ミゼラブル「抒情詩と叙事詩」)

 

「また日曜日には、ごく遠いのを好都合としていつもサン・ジャック・デュ・オー・パ会堂の弥撒《ミサ》に連れて行った。そこはきわめて貧しい町だったので、彼はたくさんの施与をして、会堂の中では不幸な人々に取り巻かれた。」(レ・ミゼラブル「抒情詩と叙事詩」) 

この教会で多くの施しをしたため、バルジャンはテナルデに目をつけられることになるのだが、このエリアではもう一つの出会いもあった。リュクサンブール公園でのコゼットとマリユスの出会いだ。

「もう一年以上も前からマリユスは、リュクサンブールの園のある寂しい道で、苗木栽培地の胸壁に沿った道で、ひとりの男とごく若い娘とを見かけた。ふたりはウエスト街の方に寄った最も寂しい道の片端に、いつも同じベンチの上に並んで腰掛けていた。」

「まる一月はかくて過ぎた。その間マリユスは毎日リュクサンブールの園に行った。その時間が来れば何物も彼を引き止めることはできなかった。『あいつは勤務中だ、』とクールフェーラックは言った。マリユスは歓喜のうちに日を過ごしていた。若い娘も彼の方に目をつけてることは確かだった。」(レ・ミゼラブル「マリユス」)

 

ちなみに上に登場するクールフェーラックとは、共和派の秘密結社”ABCの友  (Les amis de l'A B C)" の中心的人物であり、その拠点の一つはリュクサンブール公園東側入口に近いサンミッシェル広場にあった。

「ABCの友はあまり大勢ではなかった。それは芽ばえの状態にある秘密結社だった。もし親しい仲間というものが英雄になり得るとすれば、ほとんど親しい仲間と言ってもいい。彼らは巴里の二カ所で会合していた。一つは市場の近くのコラントと呼ぶ居酒屋、これは後になって問題となるものである。それからも一つは、パンテオンの近くで、サン・ミシェル広場のミューザンという小さな珈琲店、これは今日なくなっている。第一の集会の場所は、労働者の出入りする所で、第二の方は学生の出入りする所だった。」(レ・ミゼラブル「マリユス」)

 

ちなみに”ABCの友”は、当時実在した秘密結社人権協会”Société des droits de l'homme”をモデルにしたと言われている。物語が書かれた時点で「なくなっている」とされたミューザンはもちろん痕跡すらなく、サンミシェル広場=エドモン・ロスタン広場にはマクドナルドがあった。ここで「煙草をふかし、酒を飲み、カルタ遊びをし、または笑い声をあげ」ることは不可能だな。

 

これらの場所は、リュクサンブール公園のすぐそばだ。

ただしコゼットとマリユスが出会ったとされる「苗木栽培地」は、今では公園南方にあるパリ・デカルト大学薬学部の敷地となっているらしい。私はリュクサンブール公園を見て満足してしまったのだけれど、どうしてもという人はそこまで行っても良いかもしれない。苗木はもうないのだけれど。

↓↓ ランクアップをモチベーションに書いてます… ↓↓
にほんブログ村 旅行ブログ 海外旅行へ 人気ブログランキングへ
↑↑ 救済クリックしていただけるとうれしいです! ↑↑

アドセンス関連コンテンツ

関連記事と広告

-フランス, 西ヨーロッパ
-, , , ,

スポンサーリンク