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国内旅行

2017バニラで行く函館24時間3 市立函館博物館郷土資料館(旧金森洋物店)で「ケレー=カレー説」を否定される

2017/06/22

函館のベイエリアには、少なくはない数の博物館がある。

その中には大御所演歌歌手や新撰組がらみの典型的観光地型「博物館」もあれば、市が運営する学術資料を公開するための施設もある。どれもそれなりに面白いだろうし何が面白いかは個人の嗜好にもよるのだけれど、私はまずここに行ってみた。

5.市立函館博物館郷土資料館(旧金森洋物店)

 

このエリアの博物館は、ありがたいことに4月から10月までは午後7時まで開館していることが多い。しかしここだけは同じ時期であろうと午後5時には閉館、どころか4時30分には入場受付を終了してしまう。私はのんきにチャイニーズチキンバーガーなどを食べつつも、その腹黒い内心では4時30分までにはここに来るつもりでいた。

金森用品店は、大分出身の商人渡辺熊四郎によって何度目かの大火の翌年である1880年(明治13年)建てられた。

 

大火の翌年に建てられたためか、煉瓦作りの難燃性建築で、明治40年の大火の際には、ここだけが焼け残った。ちなみに材料の煉瓦は、当時北斗市にあった開拓使の茂辺地煉化石製造所で作られたもので、金森用品店に壁には、漆喰をはがしてその煉瓦を見ることができる場所がある。

茂辺地の煉瓦は函館以外に送ると輸送費から割高になる上に、冬を越した粗悪品なども出荷し、あまりその評判はよろしくなかったのだが、少なくともここ函館で火を防ぐには役だったようだ。

 

展示の基本は、建物と当時の小売店舗の様子の再現、となる。この辺は、まぁ「ありがちな展示」と言えないこともない。ここではスタッフの方が館内を解説した下さるので、そのお話を聞くのが興味深い。

 

2階には店の様子を再現したジオラマがあり、なかなか面白い。

このジオラマは、当時の金森洋品店を描いた絵をそのまま忠実に人形などで再現したもので、制作者の作品への深い思い入れを感じさせる傑作だ。残念なことに人形などを作られら方は既に他界なさっているとのことだが、きっとご本人には楽しい作業だったに違いない。

 

そしてここでもうひとつ興味深いのは、渡辺熊四郎が売り出そうとした北国ならではの商品の数々が見られることだ。

函館らしい鮭缶や、販売競争でサッポロビールに敗れることになる函館ビールなども面白いのだが、渡辺は特に「ケレー」なるものを売りたかったらしい。

「ケレー」とはどうやら鶏肉のエキスを煮出したようなものだったらしく、酒にもいれたようで、金森洋品店入り口には「ケレー」の看板も復元されている。鶏肉などを煮込んだ缶詰ということだったので、「カレーですか」と聞き返した私にスタッフの方は「そうではなく…」とおっしゃった。どうやら「ケレー」はオランダ語の”Gelei” であり、「煮込んだもの」的意味合いだったようだ。

でも、鶏肉ケレーはまだしも、ケレー酒は、その、ちょっと、なんだ…、売れないわな。

 

ちなみに後に東京御徒町の浄血丸本舗という店が、鶏肉ではなく牛肉を使った「牛肉ケレー」なるものを売り出しており、こちらは「鶏肉より効能十倍」などと宣伝していた。まぁどちらも世に残ることはなかったわけで、残念ではある。ちなみに「当時函館ではカレーをケレーと呼んでいた」と解説しているレストランも徒歩圏内にあるのだが、

市立函館博物館郷土資料館(旧金森洋物店)スタッフの方の話とは矛盾する。更にはパッケージや新聞広告の画像を調べてみると、これを売りたいレストランの方には申し訳ないのだが、やはり「ケレーはカレーではない」という方が正しい気がする。カレー酒、なんて無理ありすぎだ。

ついでに「明治13年頃」と「頃」というのにはあまりに具体的な数字を書いている理由はなんなのか、なぜ明治12年でもなく14年でもないのかと、普通の人なら引っかかるところだが、これは前述の通り明治13年が金森洋品店が建てられた年だからだ、と思う。こういう書き方は「ケレー=カレー」説をますます胡散臭く感じさせてしまうことを、経営者の方は気がつかないのか少し心配だ。ま、私は違うと思うけど。

さすが観光地、油断ならん…。

 

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