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韓国

2016大邱8 薬令市韓医薬文化館で漢方薬について学んだ件

2017/07/28

大邱近代歴史観前の道を南に300m程行くと、薬令市に出る。

大邱の繁華街を東西に行く薬令市は、1658年に始まった大邱薬令市場がその始まりだ。ここは中部で取れた人参などが集積された市場であり、ソウルの薬令市ともう一つどこかの薬令市を併せ「韓国の3大薬令市」とされてるらしい。道路(南城路)の西端に大きな「薬令門」もあり、漢方薬が大邱にとって大きな産業だったことが分かる。

そして今でも人参や漢方薬を売る店が軒を並べる漢方市場だ。韓薬都協会、なんてのもあるらしい。

お店はどれも現代的で、中国文化圏に残る扉の多い薬の木棚などを置く店はない。一見すると普通の商店のようだけれど、どれもちゃんとした漢方薬店だ。市販薬が人気で町中に「약(=ヤク・薬)」の看板を見る韓国では、漢方薬も人気なのだな。

 

そんな薬令市にあるのが、ここ、大邱薬令市韓医薬博物館だ。

ここは350年以上の歴史を持つ大邱の薬令市の歴史や、漢方薬の効能などについて知ることができる博物館で、大変素晴らしいことに入場無料だ。私は今朝から、入場無料の博物館を3軒はしごしている。まずは庭に置かれている巨大な薬壺と謎のゆるキャラにご挨拶をして、

 

エレベーターで館内にお邪魔する。

まずは大邱の薬令市の歴史についてお勉強だ。人参なんかは山の中を探し歩くような性質の薬草だから、発見した人はどこかの市場で換金するしかない訳で、楽令市の発展は必然だっただろう。採集場所や韓国の国土規模からしても、3大薬令市くらいは必要だ。更に大邱の場合、韓王の命令で開いたという経緯もあり、どの発展ぶりはなかなかのものだったらしい。いくつかのビデオがあるけれど、王朝の役人が人参を探しに来て、なんとか市の終わりに間に合った、なんて話もある。

 

楽令市のジオラマ。350年前、17世紀ではかなりの賑わいだったようだ。

ここの展示資料を読んでいると、日本統治時代の昭和3年に「悪の日本」がこの薬令市を移転させようとした的ことも説明されている。これは「薬令市に集まるお金を横取りしようとした」的に説明されており、「それと戦った立派な愛国者」についての記述もないではない。実際には日韓併合で他の町にも薬令市ができそれに対抗するためだったという説もあり、まぁ、どうなんだろうねぇ、だけど。

市場や加工の様子を再現した展示もなかなか面白い。

 

ここまではなかなか面白いのだけれど、フロアが変わり「漢方薬全般の効能」的な展示になると、面白みはやや失速する。これは、私が「大邱ならでは」の展示を求めているからでもあるので、その分は差し引いてもらった方が良いかもしれないな。

 

近代歴史館に比べると数倍の規模を持つこの博物館の最後は、韓服体験と売店だ。

 

薬令市の真ん中でどれだけ売れるのだろうと思ったのだけれど、どこかの外国人観光客グループが韓服を着てはしゃぎ、結構人参ぐグッズを買っているのを見て、需要はそこそこあるのだな、と感じる。確かに大邱で漢方を買うのなら、個人商店よりここの方が安心かもしれない。少なくともまがい物の類はありえない。

 

博物館の隣には、ちょっと風情のある教会もある。1898年に建てられた大邱最古の大邱第一教会だ。

ここは歴史博物館になっているという話を聞いていたのだが、どこにも解放された入り口はなく展示の見学はできなかった。無料だと聞いていただけに残念、って、どこまで無料にこだわっているんだろう、自分。

 


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