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国内旅行

2018MP4 清水で次郎長の痕跡を追ってみた件

2018/06/06

その昔「清水と言えば次郎長」という時代があった。

幕末から明治にかけての侠客、あるいは博徒であった清水次郎長こと山本長五郎は、「次郎長伯山」こと講釈師神田伯山の「清水次郎長伝」でその名を知られるようになり、2代目広沢虎造による浪曲化で、全国に知らない人がいない程の有名人になった。浪曲は知らなくとも「あんた江戸っ子だってねぇ、寿司喰いねぇ」のセリフくらいは聞いたことがあるかもしれない。

その次郎長の生家が、清水には残されている。現在の建物は2017年7月にリニューアルオープンした。

リニューアルオープンなどというと新しい建物のようにも思えるけれど、実はこの家は実際の生家なのだそうだ。だから老朽化が進み耐震性に問題があったので、一部を復元しつつリニューアルをしたらしい。そしてとてもうれしいことにここは入場無料。さすが親分さんの家、豪気なもんだ。

まだ畳が青い室内には、次郎長に関する写真や資料が展示されていて、それだけでもなかなか興味深いのだが、次郎長が産湯を使った井戸、などというものも残されている。

よくここまで残ってとも思ったけれど、次郎長が死んだのが明治26年、そして次郎長を主人公にした初めての映画が明治44年初演だから、そんなに長い間放置される状況ではなかったのだ。なるほど、産湯の井戸も残るわけだ。

次郎長生家の周辺は「次郎長通り」という商店街になっているのだけれど、この日はあまり賑わいはなかった。この時代地方都市の商店街が生き残るのは大変で、次郎長親分のお膝元も例外でないようだ。

次郎長の生家から5分程歩いた場所には、次郎長の船宿である「廣末」もある。

明治19年、次郎長は清水波止場に船宿を開業した。それがこの末廣で、こちらも館内が簡単な資料館になっている。うれしいことに、こちらも入場無料だ。

 

ただし、ここ末廣はオリジナルの建物ではなく復元されたものだ。平成11年、ここから少し離れた鶴舞町の清水さんという方の家を解体する際、この部材が末廣宿の部材を使っていたことが判明し、その柱や木材を使って復元された。ここの屋根や天井は当時のもの、とのことだ。

次郎長がここまで名をあげたのは、明治維新を機に博徒から足を洗い、この船宿など清水を発展させた事業を行ったからなのだろう。末廣には「次郎長の英語塾」なる展示もある。博徒間の抗争で人を殺めたこともある次郎長が英語塾を開くとは、なんとも感慨深い。

実際の末廣はここではなく東に300m程行った、今のユニクロ横にあり、そこには「次郎長旧居」の石碑がある。

 

次郎長は明治26年73歳で死去し、その骨はやはり近くにある梅陰寺に葬られた。

ここには次郎長をはじめ、その子分の大政、小政なども葬られており、「清水次郎長資料館」も併設されているのだけれど、残念ながら16:00に閉館だった。16:00じゃ試合終了後すぐ、どんなに急いでも見られなかったなぁ。拝観料が300円かかるのもちょっと残念だ。

この300円はあくまで「次郎長資料館及び次郎長お墓拝観料」であって、お寺には入れないらしい。観光バスもやってくるような場所のようで、まぁ、その、なんだ、ご立派な本堂、だな。

まぁ、有名人のお墓を有料で公開している寺は他にもある。もちろん無料のところだって少なくない。私はどちらかと言えば無料が好きだし、大親分の次郎長には無料が似合う気がしないでもない。

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