世界、大人の社会科見学!

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グルジア ジョージア

2018ジョージア19 ゴリ中心部から1ラリのマルシュに乗ってウプリスティ洞窟住居跡を見に行った件

スターリン博物館以外のゴリの観光スポットといえば、旧ソ連で時々見かける第2次世界大戦についての展示が豊富な大祖国戦争博物館、

そして紀元前3世紀にはできたと言われ7世紀にはその存在が記録されていたと言われる、ゴリ要塞、などがあるのだが、

私にはこれらより優先して行かなければならない場所があった。ウプリスティ洞窟住居跡だ。

紀元前4-6世紀頃から人々が暮らしていたと言われる8ヘクタールの広さを持つこの洞窟住居群には、キリスト教以外の地域の宗教儀式が行われていた場所や、古いワインの醸造所なども残されているという、ジョージアで最も古い都市集落の遺跡だ。

世界遺産ではないけれど2007年から世界遺産の暫定リストに入っている、貴重な遺跡であり、ゴリからは東に約15km、近くの村までならバスが出ているという。

ウプリスティ洞窟住居跡の近くまで行くバスは、ゴリのセントラルバスステーションから出る。ランドマークはゴリの行政サービスホール。ゴリではかなり目立つこの現代風の建築物の前がバスやマルシュのたまり場となっている。

中も小綺麗で、清潔なトイレを無料で借りることもできた。

チケット売り場があったので「ウプリスティに行くマルシュルートカはどれですか?」と尋ねると、近くの人が親切にマルシュまで案内をしてくれる。近隣を走るマルシュは車内現金払いでチケットは要らないのだそうだ。

ゴリのセントラルバスステーションから出るマルシュはウプリスティの遺跡までは行かない。鉄道のKvakhvreli駅北側300m程の場所にある川沿いの道で「ここで降りてね」と言われ、その後1.5km程歩くことになる。

このあたりは既にKvakhvreli、マルシュの行き先もKvakhvreliだが、この後車はKvakhvreliの村内を縫うように走る。

ちなみに運賃は1ラリ、マルシュは1時間に1本「程度」で、帰路の最終バスは「5時か6時」とのこと。

バスが停まった場所にはバス停らしき目印は全くなく、ただ少し先に見える橋を目指す。これは帰路に気がついたのだが、親切なマルシュの運転手さんは、ウプリスティまで行きたい私のために、バス停じゃないルート上で一番ウプリスティに近い場所で降ろしてくれたようだった。


橋を渡って、

一本道を歩き、

馬を眺め、


おおいい感じじゃん、などと思っているうちにウプリスティに到着した。

価格改定の痕跡も分かりやすい入場料は7ラリ(≒257円)。2年前までは3ラリだったのでそうで、倍以上の値上げだ。まぁ世界さん暫定リストに載るだけの遺跡だし、スターリン博物館よりはお安いし、仕方ないか。

入場するとすぐ左側にカフェと売店、そしてウプリスティに関する小さな博物館がある。館内にはウプリスティに関する基本的な情報や、ここから出土された生活用品が展示されている。

紀元前4-6世紀には人が住んだと考えられウプリスティは、9-10世紀には3つの教会が建てられその全盛期を迎えたけれど、13世紀のモンゴル来襲によって破壊されたのだそうだ。13世紀モンゴルの他国を来襲する勢いにはものすごい物があると、中央アジアエリアを旅行すると頻繁に考えさせられる。



博物館でお勉強したあとは、ハイキングだ。

おお!いかにも「洞窟住居」的な光景が目の前に広がるじゃないか!住居跡や教会を見るには、更にここから階段をのぼる。


”Three wall temple and ritual pitt" 。「三壁寺院と儀式の祠」といったところだろうか。ちょっと荘厳な感じの岩穴は、寺院やホールとして使われていたようだ。

そして "Inner City"。生活の場が門を通って少し歩く内部にあったのは、この街が要塞でもあったからだろう、と思う。

実際ウプリスティは4世紀にキリスト教がやってきたことで衰退したが、これもやはり8-9世紀の他国の来襲にに備えて要塞として利用された、という歴史もある。ここは必ずしも穏やかな村ではなかったのだな。

屋根があるこのエリアは、現在発掘作業が行われている現場のようだ。紀元前から14世紀までと長い時間を使われてきた住居群、掘れば様々な時代の多くのものが出てくるのだろう。


BlackBerry Hall.

ウプリスティにはいくつかのHALLがある。その中にはワインセラーや薬局、そして地下に深さ8.5mの刑務所もあるが、いくつかはこの街の支配者層の住居だったとも考えられている。確かに立派だ。

ブラックベリーホールから外を見る。想像以上に南の様子がよく見える。

そして遺跡がある岩山の頂上に建つ大聖堂。これは ”Church of Prince” というキリスト教の教会で、9-10世紀に建てられた。比較的、というよりここではかなり新しい建築物で、内部を見学することもできる。

今や岩肌だけになっている他の住居跡やホールに比べ、ここはウプリスティの中でも異質な空間だ。ブラックベリーホールも、壁を綺麗に塗装して室内を飾れば、こんな感じにもなったんだろうか。

ウプリスティの洞窟住居群は歴史の中で盛衰を繰り返したが、最後にここを襲ったのは1920年の地震だったという。それまで700程あった住居跡はこの地震で約150に減ったのだそうだ。

ウプリスティには、最盛期には5000人、説によっては20000人の人が暮らしていたと言われる。

ゴリからはマルシュで30分、多少歩くことになるけれど、ウプリスティは大変興味深い遺跡だ。ゴリまでやってきたら、スターリン博物館とウプリスティを見ない手はないと思う。

ウプリスティは6時まで開いているけれど、帰路のマルシュを逃すと白タクかヒッチハイクしか交通手段がなくなる。まぁ徒歩圏内にKvakhvreli駅もあるけれど、一日何本の列車が停まるのかもわからないような小さな駅だ。ここは一応5時を目安に、マルシュを降りた場所まで行っておく。

往路マルシュを降りた場所には人もいないし標識もなかったけれど、少しゴリ側に歩くと「マルシュを待っているようにも見えない人たち」が道路添いにいたので、「ゴリ?マルシュルートカ??」と尋ねてみる。

間違いなかったようで、30分程待つとバスはやってきた。って、これ、往路に乗ったマルシュじゃないか。もしかしてこの運運転手さんは、毎日Kvakhvreliとゴリを往復しているのだろうか?

マルシュルートカは、Kvakhvreli村内で20分程停車する。どうやら時間調整をしているらしい。多分6時にこの場所を出発するのだろうけれど、こんな場所、なかなか自力じゃたどり着けなそうだ。早めに川沿いの道に戻って正解だったようだな。


当初はゴリ市内に戻ってからゴリ要塞に登ろうと考えていたのだけれど、さすがに少し疲れたしウプリスティで岩山は十分満喫したので、このままトビリシに戻ることにする。目の前にバス停もあったしねぇ。

ゴリからトビリシへの帰路は気楽だ。3ラリのチケットを買って、満席になると発車するマルシュルートカに乗れば良い。乗車時間は渋滞さえなければおおよそ1時間、到着するのはクタイシやメスティアからのマルシュも到着するディドゥベなので、地下鉄乗り換えも簡単だ。

実はこの日、私は世界遺産でもある古都ムツヘタに行くか、スターリン博物館とウプリスティのあるゴリに行くか、少し迷っていた。まる1日を郊外観光にあてられる日がこの日だけだったからなのだが、ゴリに行って正解だったと思う。

ムツヘタも素晴らしい場所のようなのだが、そこにあるのは「歴史的建造物群」、早い話が大聖堂や教会、修道院だ。正直私はどこに行ってもまず大聖堂や教会を見たいとは思わない、というか、欧州とその周辺の教会見学には少し飽きてしまっている。

しかしゴリのスターリン博物館やウプリスティ洞窟住居跡は、ジョージアでしか見ることができない。もしどちらに行くか迷ってる人がいたとしたら、私は鼻息荒くゴリをおすすめしたい。

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