世界、大人の社会科見学!

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香港・深セン

2019香港/深セン2 阿片戦争の舞台だった虎門で、海戦博物館と虎門要塞を見学した件

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今回深センの80元の安宿には3泊、中2日がメインの観光日となる。

香港のe道登録も済ませ、後はのんびり中国を堪能すれば良いのだが、深センでは博物館から三和人材市場まで今まで多くの場所を見てきたため、今回は少し足を伸ばして虎門まで行ってみることにした。ここは広州の南の玄関口であり、アヘン戦争末期には激しい戦いが繰り広げられた場所でもあり、市内にはアヘン戦争に関する博物館が2つある。

深セン/羅湖から虎門まで行くには、羅湖商業城1階のバスターミナルから44番のバスに乗る、のだが、その前に朝食。羅湖商業城の5階には、深センではかなりおいしい飲茶を提供する店、丹桂軒がある。

朝の羅湖商業城にはあまり人気はないが、丹桂軒はそれなりに繁盛している。実はこの丹桂軒、私の泊まっている安宿の近くなどに数店の支店を持つチェーン店なのだ。

点心のお値段はと言うと、小点の12元から、中18元、大22元、特24元、頂26元、超28元となる。香港とそんなに変わらない価格帯だと言って良い。稲香のような激安店には敵わないけれどおかしな高級店に比べればずっと割安だ。

そしてなにより、ここの点心はおいしい。香港の飲茶のレベルが高いからなのか、個人的には深センの飲茶は少し味が落ちる傾向がないでもない印象もあるのだけれど、ここの点心は香港に負けないくらいおいしい。

まずは腸粉。メインランドでは腸粉と言えば蒸し上げたものが多いけれど、ここは揚げた超粉。うむ、おいしいぞ。


更には大根餅。中国語だと「夢ト羹」、これは私の好物だ。とてもおいしいじゃないか。

そして飲茶/点心の王様、鰕餃。私が初めて香港で飲茶をいただいた時に一番好きになったのがこれだ。かつては香港に行かなければ食べられない味だったのに、今では日本でも食べられるどころか冷凍食品まである。丹桂軒のこれもとてもおいしい。


丹桂軒の中でも最も香港に近く観光客も多い羅湖商業城店だけれど、3品とオーダーしてのお値段は83人民元。香港ドル払いもできてこちらはHK$94。点心とサービスのクオリティを考えれば十分に納得の行くお値段だ。

おいしい点心でお腹を満たし、1階のバス乗り場に行く。虎門に行くには「太平」行きに乗れば良い、というより、虎門のバスターミナルを太平と言うようだ。お値段は45元。切符の自販機もあったけれど、例によってのQR決済だったので、素直にバスの近くにいた車掌さんから切符を買う。



虎門(太平)まではおおよそ1時間。

バスターミナルから16番のバスが海戦博物館に直行する。16番の乗り場はバスターミナルから大通りを挟んだ反対側になるが、この辺のバス番号やロケーションは、スマホに百度地図や高徳地図を入れておけば簡単に分かる。QR決済と言い百度地図や高徳地図の精度と言い、中国はなかなかのIT先進国だよなぁ。


虎門の海戦博物館は、隣接する虎門要塞についての博物館であり、国内に3つあるらしい反薬物教育基地であり、英国の侵略と戦った中国を記録するための施設でもあり、その規模はなかなかのものだ。



館内に入ると目に飛び込んでくるのが、「1840-1842」と刻まれたこのモニュメント。もちろんこれは阿片戦争が戦われていた年を示す。


館内には、各国の海軍の歴史から阿片戦争に至るまでの展示が続く。特に後半の阿片戦争についての展示では、中英の海軍力にいかに大きな差があったかを、両軍戦力の数字を並べて比較している。見ている人は「これじゃ勝てるわけがない」と素直に思わざるを得ない。





「非は阿片を売りつける英国にあったけれど、戦力は圧倒的に英国の方が勝っており、被害者だった中国はその敗戦を受け入れるしかなかった」。訪問者は海戦博物館で、理不尽な阿片戦争の経緯と戦力差による悲劇を思い知らされる、という仕組みだ。

そんな阿片戦争の舞台でもあったのが、海戦博物館に近い虎門要塞。博物館から海沿いに10分も歩けば、その敷地に着く。

虎門要塞の歴史は古く、明王朝の1630年代、鄭芝虎という人物が水兵とここに住んでいたため「虎」門要塞と呼ばれたのだそうだ。南シナ海から広州へ入る珠江、あるいは珠江口にあたるこの場所は、古くから防衛上重要な場所であり、ここ虎門と園周辺には合わせて11箇所の砲台が築かれた。

ここではその虎門砲台とそれに関する資料を見ることが出来る。




こういう昔ながらの砲台を見ると、つくづく「こんなものでも戦力になったのだなぁと」思うけれど、まぁここに攻め入ってくる船に積んでいる大砲だって、陸地の大砲に比べてそんなに高性能という訳でもないだろう。

ただ、阿片戦争当時は、その火薬の質でさえ中英の違いは大きかった。産業革命を経て世界各地に進出、植民地を増やしていたイギリスにしてみれば、大国とは言え清の技術力や戦力など、恐るに足りるレベルじゃなかったのだろう。

1842年阿片戦争は終結し19世紀とは言えあからさまな不平等条約である南京条約が結ばれ、多額の賠償金と香港がイギリスの手に渡った。ちなみにイギリス軍の戦死者は69名、清の戦死者は約20000人だったと言われる。

虎門要塞からは、高速道路の走る虎門大橋が見える。珠江デルタにかけられたこの吊橋は全長4588m、1997年に開通した。

2年前楼閣を見に開平に行った時、ここを通った記憶がある。その時には虎門要塞の様子はあまり良くわからなかったけれど、こんなに近かったのだな。

虎門海戦博物館と虎門要塞を見学し終えた私は、虎門にあるもう一つの博物館「鴉片戦争博物館」に向かうことにする。

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