世界、大人の社会科見学!

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香港・深セン

2019香港/深セン6 羅湖からK533快線に乗り石岩汽車站に近い労務工博物館に行き、深センに出稼ぎに来た人たちの暮らしに思いをはせた件

深セン羅湖にある窓のない安宿で目を覚まし歯をみがく。1泊80元の安宿だけれど使い捨ての歯ブラシ位は置いてあるのだ。洗面台はないけれど。

今日の朝食も丹桂軒。ただし今日は羅湖商業城ではなく安宿から100mの距離にある新都酒店に入っている店だ。私は深センで「多少のお金を支払ってでも食べたい店」をあまり知らないため朝の飲茶くらいしか行きたい場所がなく、更に深センの高価ではなくおいしい飲茶がいただける店というと、ここくらいしか知らない、という事情もある。新店を発掘するのには、丹桂軒の2軒が安宿から近いことも大きかった、

羅湖商業城の店との違いは「店内に人が少ないこと」だ。そんなに早い時間ではなかったし、なによりここは新都酒店にあるのだから宿泊客が利用しそうなものなのに、空いている。まぁ多少贅沢な店だけれど、1泊400件クラスのこのホテルの客にしてみれば安いものだと思うのだけれどな。

お値段はというと、羅湖商業城の店と全く変わらない12-28元。多分深センの全ての丹桂軒がこの値段なんじゃないだろうかと思う。今日はお粥と油條なんかも頼んじゃおうかな?


例によっての蝦餃と大根餅、それにピータンと肉のお粥で87人民元。私の宿代の1泊分とそんなに変わらない値段だ。まぁおいしいから良いのだけれど。

おいしい飲茶の朝食に満足し、今日も羅湖商業城1階のバスターミナルに行く。今日の目的地は深セン郊外にある大変地味な博物館、「宝安劳务工博物馆」(労務工博物館)だ。この博物館に関してはネット上にあまり情報がなく、どんなところか以前から気になっていたのだが、ロケーションが悪くまだ訪問を果たしていなかったのだ。

 高徳地図 shorturl.at/zR148 より引用。ちなみに右下のQRコードからリンクに飛ぶと、この地図を表示できる。

労務工博物館は羅湖から東北に約40km行った宝安区の石岩汽車站に近い。もちろん路線バスもあるのだけれど「快線」という所要時間の短い小型バスもあるとのことで、羅湖商業城1階にある乗り場に行ってみた。ここは大型バスが並ぶ大駐車場を西側に行った、大変わかりにくい場所にある。バスが出て行く方向まで歩き、セブンイレブンを目印にすると良い。


一応この小型バスにも路線番号があって、K533快線と言うらしい。中国メインランドに弱いgoogleマップはもちろん高徳地図や百度地図にもこの路線番号は出てこない。唯一百度地図でだけこの路線はヒットした。中国で公共交通機関を使う場合、百度地図と高徳地図の兼用は必須だな。

  百度地図 shorturl.at/cpuR3 より引用。

やってきたのは、小型バスというよりマイクロバス、いや、大きめのワゴン車と言っても良い気がする。

チケットは20元。その気になれば電脳街のある華強北路など市内各所から運賃3元の路線バスもあるのだけれど、そちらは倍以上の時間がかかるらしい。運賃がお高いのに人が集まるわけだ。

マイクロバスに揺られること約1時間、石岩汽車站に到着。ただバスターミナル内部ではなく、近くの道ばたに「とっとと降りてね」とばかりにバスを停め、バスはどこかに走り去ってしまった。帰りこのバスターミナルから羅湖に戻るのは、なかなか難しい予感がする。

石岩汽車站から750m、歩いて10分の場所に労務工博物館(深圳(宝安)劳务工博物馆)はある。

深センは1980年代鄧小平の指示で経済特区として作られた人工的な都市だ。それはでは宝安県の一集落にしか過ぎなかった深センを短期間に大都市に作り替えたのは、中国各地からやってきた「労務工」たちだ。巨大な深セン博物館の中にも各地からやってきた労務工たちの働きや生活ぶりを展示するコーナーがあるが、ここではそんな労務工達が実際に働き生活した工場が博物館に改装されて公開されている。


ここ労務工博物館は、かつて「石岩上家熱線巻歴旧址」、コイル機器を作る工場だった。



生産ライン。夏は暑い深センだけれどエアコンは見当たらず、天井にシーリングファンが設置されている。

社員食堂。

壁に掲げられた食堂の規則。まぁ当たり前のことが書かれているのだけれど、規則を破った人には100元の罰金が、2度目には200元の罰金が課せられる。1980年代の中国と言えば「もし強盗にあったら赤1枚」つまり100元差し出せば助かる、と言われたいた頃じゃないかと思う。2000年代に入ってからも1杯1元の麺もあった中国、100元は大金だ。

ちなみにちょっと出世すると食事はここで食べることになるようだ。日本の工場ではこういうことはあまりしない気がする。


ちなみに厨房はこの程度の規模なので、社員食堂と言っても給食のように全員が同じメニューを食べていたと思われる。どんな食事だったのかとても気になるところだけれど、残念ながらメニューについての資料はなかった。


そして、労務工博物館は、この工場跡の裏手になる。まぁ全部あわせて労務工博物館と言う気もするのだけれど。


建物に入ってまず目に飛び込んでくるのは、深セン建設の歴史とそれを支えた労務工たちのインタビュー、のような動画だ。多少のキャプションはあるけれど基本中国語だけの動画なので、言葉が分からないと何を言っているのかほぼ全てが謎だ。ただ。肩書きなどから見て、登場人物は深センに出稼ぎにやってきてその後企業の幹部や政府の職員などになった、成功者のようだ。当然だよなぁ。


ここで展示されてるのは、中国各地からやってきた労務工の生活、だ。労務工たちは深センを建設するため、また深センで生産活動をするため、様々な仕事に就き働いた。


ここで配偶者に出会い結婚することも自然な流れだっただろう。結婚し、子どもが生まれ、家庭を持つ。そんな「幸福な深センでの暮らし」も博物館が訴えたいことだったようだ。今の深センでは戸籍や戸籍に伴う子どもの教育問題なども聞くけれど、昔はそういう問題は少なかったのだろうか。

博物館の1階は労務工の歴史や生活についての展示だが、この博物館には更に2階、3階があり、労務工達による芸術についての展示がある。

良い物もあるのかもしれないが、この種の芸術を理解する力の足りない私には、あまり面白いものではなかった。まぁ、せっかくの宝安内陸部、こんな場所に来ることは滅多にないし、少し周辺も散策してみることにする。

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