東北ツーリングのメインイベントは玉川温泉、の予定だった。
玉川温泉と言えば、「癌治療に効果がある」と巷で言われていることで有名な温泉で、その人気のあまりなかなか宿の予約も取れないという。
確かに玉川温泉は凄い。
なにしろPh1.2と非常識なほどの強酸性で、下流へ流す水は一度中和処理されている。かつては田畑を荒らす玉川毒水として有名で、過去中和作業にに失敗し田沢湖のマスを絶滅させた程だ。また微量の放射線を発する北投石があることもでも有名で、この北投石での岩盤浴が癌治療に効果があるとも言われている。この北投石、玉川温泉と台北の北投温泉でしか産出されない。そのため、日本各地の癌患者が藁をも掴む思いで玉川温泉を訪れるのだと言う。
しかし宿の評判はと言うと、これがひどい。
玉川温泉には3つの宿があるが、本家である玉川温泉ではバイキングの朝夕食であるにも関わらず過去年に2回もの食中毒事件を起こしている。接客態度などについても日本最大の掲示板などで、「予約受付の対応が酷い」「ガードマンが横暴」などの話が頻出している。「玉川温泉でなければ潰れている」と言われる程だ。それでも潰れないのなら、これは確かに温泉の実力なのだろう。ともかく一度この目で見てみたい。
八幡平から玉川温泉は約1時間の道のりだ。
旅館の上部には県で管理しているらしい駐車場があり、日帰り湯治客や岩盤浴目当ての人はここに車を駐める。私もここにバイクを駐めようと思ったのだが、幸運(?)なことに「本日空室あります」のサインがあったのでまずは宿で空室と値段を確認することにした。県営駐車場を過ぎ宿に向かう。
古色蒼然としたいかにも湯治場という宿だ。
宿には中庭があり車が数台駐まっているが、バイク置き場は見えない。駐車場には係員のような人間がいるが、同僚らしき人物とのおしゃべりに夢中で誘導するそぶりもない。仕方がないので宿の入り口横に一旦バイクと駐め駐車場所を尋ねようとヘルメットを脱いだ。
その途端、
「あんた、こんなとこバイク駐めちゃだめでしょ!」
はぁ?
あなたがおしゃべりに夢中で誘導もなにもしないから、駐める場所を知るためにここに駐まったのですが、私?
「あんた、中をバイクでぐるぐる回って!」
はぁ?
私、駐める場所を探して中庭の奥まで行って戻ってきただけなんですけど?
と言うわけで断言せざるを得ない。
何かと評判の悪い玉川温泉だが、宿の駐車場係に関しては評判通りの態度の悪さだし、ろくに仕事もしていない。しかも宿と客という以前に、初対面の人間に対する話し方もまともにできない人物だ。
こんな有り様じゃ、年に2回食中毒を出すのも分かるし、予約担当が失礼で不愉快なのも嘘じゃない気がする。この宿の人たちは、癌を治したいという湯治客の想いにつけ込んで、好き放題をしているような印象を受けた。
では本当に玉川温泉で癌が治るのだろうか?
岩盤浴ビジネスをしていて玉川温泉に140泊したという人のサイトにはこうある。
「玉川温泉を、ホルミシス効果だけ、と言う人は、日本には、玉川以外にも沢山のラジウム温泉があることをどのように説明するのでしょうか?また酸性泉の温泉も全国にありますが、これまた難病に特に効果があるなどとは言われておりません。北投石の本場、台湾の北投温泉でも言われていない癌治療伝説を、金儲け目的で本を書いたりホ−ムペ−ジに書いたり、講習会や広告で発表されるのは非常に迷惑です。
(創られた玉川温泉神話)
その理由は何か?岩盤浴ブ−ムは、最近になり有名になってきた、創られた伝説だからです。玉川温泉にいると、田沢湖町からサイレンを消した救急車がやって来るのを目撃します。夜中に静かに来ますので、目撃した人にしか分かりません。また、今年元気で別れた人が翌年には会えず、次々に亡くなる人のことも知って欲しいのです。私が会った方たちで、翌年玉川温泉にこれない方、亡くなった方はTVの取材や週刊誌のインタビュ−にも出れません。作られた玉川伝説は、今年も元気で湯治に来れた方だけの、つまり回復者だけに対してのインタビュ−なのです。」
(「明かせない玉川温泉効果の秘密http://www.geocities.jp/holidayfrog/himithu1.htm」より)
もっと知りたい人は、玉川温泉や北投石岩盤浴と癌治療との関連性についての研究機関の報告もあるので、検索してみて欲しい。
(岩盤浴は宿泊者でなくとも利用できる)
この宿の人たちは、最後の望みをかけてわざわざ玉川温泉にやって来る湯治客たちにこういう態度を取っているんだなぁ、とつくづく思う。この場所で玉川温泉が経営出来ているのは、単なる既得権に過ぎないのに。酷い話だ。
という訳で、私はさっさとこの不愉快な宿を後にした。
こんな既得権だけで食中毒を年に2回も出すような不快な宿には1銭たりとも落としたくない。
と言うわけでそんなに遠くない新玉川温泉に向かう。
ここは玉川温泉を反面教師にしているかのように従業員の態度が良い。駐車場係の方もバイクを見るとさっと誘導してくれる。入浴券を買ったら「いらっせいませ、ありがとうございます」と言われてしまった。こんな当たり前の事が、玉川温泉を訪問した後だと大変素晴らしく思えてしまう。
驚いたことに、この宿も玉川温泉と同じ経営らしい。もしかしたら、会社やオーナーも玉川温泉の従業員の質の低さ愛想を尽かし、経営改善よりも新しい宿とスタッフをつくることにしたのではないか、そんな気もする。
下調べでは「クアハウスのように充実した大浴場」とあったので正直あまり風情は期待していなかったのだが、木造でなかなか良い作りだ。
噂通り浴槽には源泉50%のものと100%のものがある。
いきなり100%の湯船に入るのは危険なので、まずは50%のお湯で体を慣らす方が良いらしい。Ph1.2はダテじゃない。
「新玉川温泉は、源泉より遠い分玉川温泉より薄い」という話もあったが、少なくとも非常識な強酸性については本家と変わらない。
打たせ湯には「皮膚がただれますので必ずタオルをあてて下さい」などという恐ろしい注意書きがあり、誰もそんな恐ろしい湯には当たっていないし、飲泉には「コップで1/5に希釈し、飲んだ後は必ず水道水でうがいをして下さい」ともある。薄めて飲んでもレモネードの味がするではないか。
昔風の首だけを出す蒸し風呂や歩行湯もある。またここで特筆するべきなのは、大浴場の中に玉川温泉のお湯を利用した岩盤浴場があることだ。
北投石ではないが、玉川温泉の成分にも微量の放射線はあるらしく、その意味ではこの岩盤浴にも似たような効果はあるのかもしれない。もっとも北投石になんらかの効果があれば、だが。しかしここ新玉川温泉の岩盤浴は快適だし、体が大変良くあたたまり汗が大量に出る。
100%の源泉に何回か浸かってみたところ、日焼けで荒れた肌は全く平気だが、あせもになった腿の部分が大変にひりひりとしみた。地味に痛い。希塩酸の中に浸かっているようなものなのだから当然だろう。しかし希塩酸の中では雑菌が全滅するのもまた真実だ。私の体はPh1.2の液体で完全消毒された。
さて、毀誉褒貶の激しい玉川温泉だが、これだけのお湯になんの効果もないわけはないだろう。しかし「癌の治療に効果がある」というのは果たしてどうなのだろうか?
中には湯治の効果で回復に向かう人もいるのだろう。これだけの人数が常時湯治をしていればそういう人が数十人いてもおかしくない。しかし、癌の治療に効果があるという噂には、正直病気に苦しんでいる人たちを惑わせる側面もあるように思う。「実際に体験してみなければ分からない」のは真実だが、それはフィリピンの心霊手術も同じだ。きちんとした統計調査で有意差が証明出来ない限り、私は鵜呑みにはしたくない。
ましてやあの不愉快極まりない、傲慢な玉川温泉を稼がせてまで、だ。