青森では温湯温泉に泊まろうと考えていた。
実際に到着してみると、観光客がどれだけ来るのかと思わせるような場所でまさに期待通りだ。
鄙びた温泉というよりは、正直寂れた温泉、という気がする。
この温湯温泉は400年の歴史を持つ100%源泉掛け流しの温泉だ。それだけでも魅力だが、実はここではもっと興味深い体験ができる。
温湯温泉では、共同温泉を囲むように明治から大正期に建てられた温泉客舎と呼ばれる湯治宿が並び、その多くに内湯がない。湯治客は宿に泊まり共同浴場まで入浴に行くのだ。内湯がない湯治宿というのが私には新鮮だったが、どうもこれは日本の伝統的な湯治スタイルのひとつらしい。
共同浴場は鶴の湯という。
なかなか立派な建物だが、観光客を呼ぶために必須と言われる露天風呂もない。湯船は1個所だけだ。ちなみに入浴料金は180円。家で風呂を沸かすより安上がりらしく地元の人が入れ替わりやってくる。
この鶴の湯を取り囲むのが温泉客舎だ。狭い温泉街なのでどの宿からも1分以内に鶴の湯に着く。
どの客舎に泊まってもそれほど値段に違いはないらしいが、私は盛萬客舎という宿に声をかけてみた。空室あり。というより、ほとんど空室のように思う。
1泊2500円。
入浴券2枚がついてくる。食事は出ないが、冷蔵庫や台所、食器は自由に使って良いとのこと。布団を持ち込むなどすればもっと安くなるらしいが、私には十分な値段だ。玄関横の10畳間があてがわれ、女将さんがそこにお茶のセットやテレビを運んできてくれる。
なんだかとてもいい。
明治・大正の建物であるためどうしても老朽化してはいるが、きちんと掃除がされていて不潔感はない。むしろこういう環境を好む人は「風情がある」と感じるかもしれない。
お祭りのせいかのか、温泉街に食事のできる環境はなかった。
温泉街を出てトンネルを抜けた場所にコンビニがあったが、品揃えが今ひとつなので黒石の街まで走りスーパーでお総菜を買う。なぜか街で食事を済ませる気がしない。あの部屋でお総菜を食べたい。
この湯治宿は本物だ。
少なくとも観光客が押しかけるような宿ではないし、間違ってもツアーなどに使われることはないだろう。ここに泊まるのは個人旅行者の特権だ。青森に泊まる人で交通手段を持つ人には、鼻息荒くお勧めしたい。と同時に、この魅力的な温泉客舎が客不足で宿をたたんでしまわないように心から願っている。
青森に泊まるなら、あと30分足を伸ばして温湯の温泉客舎できまりだ。